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親知らずと歯磨き奮戦記(11) [歯ブラシメモ]

今日は定期検診の日だ。親知らずを抜くかどうかが決まる日だ。私は本番に弱いタイプなので、あらかじめ全ての事を頭の中でまとめておいた。

インターネットで調べた所では、横を向いて生えた親知らずを抜くのは現在の歯科医療の当然の見解らしい。という事は、ひょっとすると歯医者さんは患者が何を言ったとしてもそれとは関係なく「いや抜きましょう。これは抜いておいたほうが絶対いいから」と言って抜く事しか考えないかもしれない。そうだとしても、それは当然の結果という事だ。

いっぽう私は個人的なこだわりから、親知らずを抜かないで済むものなら抜かずにおきたいと思っている。私自身の体にとってリスクが高いにもかかわらずだ。これは客観的に見て明らかに不利な主張だ。それでも私がこだわるなら、とにかく私に出来る限りの努力をしてそれを先生に見てもらう。それしか方法がない。見てもらった後は先生の診断に任せる。そういうわけでこの半年間、自作改造歯ブラシと歯間ブラシを使い、後には電動歯ブラシも使ってこれでもかと磨いてきた。

私は思った。客観的に考えて、抜く事になる可能性は高い。だったらせめて、その診断が下る前に、自分が言うべき事だけは先生に伝えよう。言うべき事は2つある。もしも先生が初めから抜く事だけを考えていたら、たとえ奥歯を見てきれいになっていると思っても、それはどうでもいいと思うかもしれない。人間同士は言葉にしないと伝えられない事もある。だからこの半年間自分が自分なりに精一杯の努力をしてきた事を、見せるだけでなく言葉でも伝えよう。もうひとつの言うべき事は、抜く場合の相談だ。これから年の暮れにかけて仕事が忙しい。私の仕事は喋る仕事だから、うまく喋れないと仕事に差し支える。ところがインターネットで調べると、親知らずを抜いた後で一時的に痛くなって大変だったという報告もある。そこで、仕事が無い2-3月に抜くように出来ないか、ぜひとも相談しておきたい。

以上の事を頭の中でまとめてから、先生の診察を待った。

先生は私の口の中を少し見ただけで、今日はまずレントゲンを撮りたいとおっしゃった。レントゲンを撮れば外見だけでなく、外から見えない部分の状態が確認できる。その後で先生の診断を待つのは、私としても望むところだ。奥歯だけの部分的な撮影と、頭の周りをぐるりと機械が回る撮影をしてから、現像を待った。

やがて現像された写真が出来てきた。先生が到着するまでのわずかな間、私は自分の歯の写真を見る事ができた。へんてこりんに斜めに曲がって生えている犬歯とか、真横に向かって生えている親知らずとか、自分で見てもすごい歯並びだと思った。ただ、ホッとした事もあった。親知らずの頭が黒くなっていて、そこが窪んでいる事もあり、これでもかと磨いても黒ずみが取れないので気にしていた。これは奥のほうが虫歯になっているのではないかと心配した。でも写真を見ると溶けて穴が開いているようには見えなかった。

先生が到着して写真を見て、暫くの間考え込んでおられた。私には察しがついた。歯科医療として横向き親知らずはすぐに抜いておいたほうが絶対にいい。隣の歯に悪い影響が出る前に。でもこの患者(私)は抜きたくない意志が見え見えだ。でもこの歯は抜いておいたほうがいいのだが。恐らく先生は心の中でそのような葛藤をなさっていたに違いない。

誰でも人間は、自分が所属する世界の常識に従って生きるものだ。「この歯は抜いたほうがいい」という常識の中で生きる医師の方々は、もしも患者がわがままを言っても、「患者さんには何が大事かが見えていらっしゃらないから」とお考えになるだろう。だから、もしも初めから頭ごなしに説得する方向で話を進められたとしても仕方がないのだ。それなのにこの先生は、医学的には意味をもたない患者の望みを、有難い事に医学的見解と同じ土俵の上に上げて考慮し、こんなにも葛藤してくださっている。患者一人一人にここまで親身に向き合ってくださる。こんな素晴らしい先生が他にいるだろうか。私はこの時点でもう、十二分に満足していた。先生の診断がどう下っても構わないと思った。

暫く考え込み、葛藤しておられた先生が、口を開いた。今のところ私の歯に問題は生じていないそうだ。ただ、親知らずと隣の歯の間の歯茎が下がってきている、と言われた。これを聞いて私は、心の中で唸った。先生には何でもわかってしまう、と。というのは、いつも家で親知らずと隣の歯の間にフロスを通す時、「ここの歯茎にはフロスで掻き出しにくい隙間がある。こんな所に食物が入って腐ったら厄介だ」と、ずっと思っていたからだ。正直、これだけが怖かった。そうしたら見事に言われてしまった。

結局、今回は様子を見る事になった。隣の歯に何か悪影響があれば、親知らずは抜いたほうがいいと先生はおっしゃった。それはもちろんだし、歯科医療の観点からは本来悪影響がまったく出ないうちに抜いておくべきだという事もわかっている。先生としてはすぐにでも抜く診断を下したかっただろうに。患者の心情を大事にして葛藤してくださった先生に大きな感謝をしなければ。そして、私は次の定期検診の時まで歯を健康に保ち、先生が今回の診断を後悔なさらないようにしなければならない。
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