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親知らず (3) [その他の病気]

今日は大学病院へ初めて行く日だが、その記事の前に書いておきたい事ができた。

話は一昨日に遡る。夜中に歯が痛くて目が覚めた。こう書くと、誰でも親知らずが痛いのかと思うだろう。それが違う。関係ない歯が痛い。私の親知らずは曲がって生えているが、生えてからこのかた一度も痛くなった事はない。この記事を初回から読んでくださった方ならおわかりかと思うが、私は右の奥歯に熱いものや冷たいものがしみるようになったと書いた。親知らずと犬歯の間にある歯だ。その歯が今は、しみるのではなく、とにかく芯のほうから痛い。どうにも寝ていられないので私は起きた。すると右足の太ももまでつった。痛くて動けないでいると、妙な事が起きた。突然テレビの電源が入った。視聴予約ではない。私は何もしたつもりがないのになぜか電源が入った。でも私はここでオカルトの話をしたいのではない。私が飛び起きた拍子に傍にあったリモコンのボタンに何かが触れ、それで電源が入ったのだろうと言われれば、私もそれしか理由が思い当たらない。私の後ろでテレビが勝手に何か映している。私は今右足太ももがつっているので身動きがとれず、振り返ってテレビの画面を見る事はできない。どんな番組が映っているかは見えないが、どうやらローカル局の深夜アニメのようだ。私は若い頃のように夜更かしする事はなくなったし、テレビそのものを見なくなったので、こんな時間にまだ深夜アニメ枠があったとは知らなかった。とにかく内容はわからないが、私の背中のほうでテレビ画面が光っている。私はその雰囲気で歯と太もものダブルパンチの痛さをまぎらわせつつ、小一時間経つと痛みは消えた。

そんな事があったので翌日の私は寝不足だった。一日をなんとか頑張り、この季節のすごい寒さの中、疲れ果てて寝ようとした。横になってそろそろ眠りに落ちるぞと思っていると、また歯が痛くなった。私は意外だった。私の勝手な推測では、前日は寝ている間にひどい歯軋りでもしたに違いない。それで歯が痛くなったんだと思っていた。ところが今回は、まだ寝る前だ。ちゃんと意識があったから、歯軋りなんかするはずがない。それなのに突然痛くなった。この痛さは、前もって歯医者でレントゲンを撮っていなければ、私は虫歯だと確信しただろう。でも実際には歯がしみるという事でレントゲンを撮ってもらい、しかもその歯だけ部分的に拡大レントゲンまで撮ってもらい、その結果を私も覗き込み、虫歯の影がどこにも見えないと確認したばかりだった。

この日も小一時間経つと痛みは引き、眠れるようになった。この歯(親知らずでない痛いほう)は一体どうなっているんだろう。

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親知らず (2) [その他の病気]

歯医者へ行き、紹介状をもらってきた。もちろんお金がかかるので、買ってきたというのが本当の所だが、この表現は何か変だ。

この時点で、私は自分がどの医大病院のどの医師に紹介されるのかが初めてわかった。

病院の場所と連絡先ももらい、まずはそこへ電話して予約を取ると教えられた。これ以後、私の歯は地元の歯医者から医大病院に委ねられる事になる。

私は帰宅後、すぐに医大病院の受付に電話して事情を話した。電話は受付から口腔外科へ回されたようで、そこで紹介状宛先の確認をし、紹介元医院と症状の概要を言い、病院へ行く日時が決まった。

その後、最初に病院へ行った時にはまだ歯を抜かないという確認があった。私もそうだろうと思っていた。まずレントゲンを撮って状態を確認するのではないだろうか。それによってどのように歯を除去するかが決まり、そのための機器を用意するだろうから、どうしても実際に処置するのは次回来院以降だろう。

CTやMRIを撮る事になった場合は当日には行わないと言われた。抜歯にCTやMRIが関係すると思わなかった私はちょっと意外だったが、色々な症状・色々な手術があるのだろう。奥歯の根の生え方によってはレントゲンで確認できない部分があるかもしれない。そんな事を思った。

とにかく、予想どおり、何度も通院して少しずつ処置が進むと思われる。

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親知らず (1) [その他の病気]

横に向いて生えている親知らずを3本抜く事になった。この親知らずについては何年も前に記事に書いたと思う。その時は、私が何も言わないながらもものすごい顔をしたらしく、先生が様子を見ましょうと言った。それから何年経っただろう。私は市販の歯ブラシの植毛を自分の歯の隙間に合わせて切ったモヒカン形状ブラシと歯間ブラシを使い、毎晩20分かけて歯を磨いた。その結果、親知らずは少なくとも外見と感覚においては数年前と変わらず何の問題も起こさないで今に至った。ではなんで歯医者さんは今回、親知らずを抜きましょうと言ったのか。私には納得しにくい理由だった。親知らずが横に向かって生えていると隣の歯が虫歯になる事が多いから。でも私は虫歯になっていない。毎晩20分かけて特製ブラシと歯間ブラシで隣の歯との間も磨いている。2つの事が嫌だった。今の私の歯が虫歯になったからではなく、虫歯になる人が多いという理由で決められた事と、今まで何年にもわたる私の毎日20分の努力が何も考慮されていないという事。では、なぜ私は今回は拒まなかったのか。それは、私の精神が弱りきっているからだ。

私は職場にリストラされて、物事の考え方が変わった。職場でどんなに頑張っても、職場はそれを見ていない。雇用を打ち切られる時は、私のやってきた事とは何の関係もなく職場の事情で打ち切られる。職場とはそういうものだった。私は、そういう職場のために命を削るのは馬鹿だと認識しただけでなく、自分というものの価値はどこにあるんだろうと思い始めた。私は何か別のものに価値を求めなければいけない。このところ「人生補完計画」に力を入れ、ブログ記事が増えているのはそのせいだ。同時に、リストラによって金銭的な生活不安に絶えず襲われるようになった。人は金を得なきゃいけないんだという思いが強くなった。それと同時に、自分という存在の頼りなさも強く感じるようになった。気力が出ない。テレビを見ると、私よりもずっとじじいの人間が色々な事をしている。選挙に立候補したり、作曲活動をしたり。私にはそれが理解できなかった。どうしてあんなじじいが、と、何ヶ月も思い続けた。そのうちにふと、これはあのじじいが妙に元気なのではなく、むしろ私のほうが元気を失くしているんじゃないかと思えてきた。思考がまとまらない、言葉が出ないといった妙な現象も起き始めた。

私は今、相手に反抗する元気を失っている。以前ならば、横を向いて生えた親知らずを除去する手術で傷口が化膿してひどく痛かったというネット記事を読んで、仕事に差し障りのある時期にそんな手術をするわけには行かないと考えたりした。ところが今は、何も考えられない。ただ流されるだけだ。

私は親知らずではなく、最近熱いものや冷たいものが妙にしみて痛い右奥歯に何かあるんじゃないかと思っていた。あるいはそのずっと前から、上の奥歯と奥歯の間が虫歯的に嫌な感覚になる事があった。数日前からは右目の奥まで痛い事があり、これは歯痛と関係しているかもしれないと、ふと思ったりした。ところが今回レントゲンを撮ったところ、右奥歯は何ともなかった。痛い右奥歯は何ともなく、まだ虫歯になっていない親知らずは抜かなければならない。どうにも納得しにくい。

歯医者さんは、大学病院に紹介状を書いてくれるという。だからこの記事は続くだろう。

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足の健康 失敗談 (5) [その他の病気]

5月30日。足の調子が良かったので仕事をずっと立ってしていたら膝が痛くなった。まだ無理はできない。
5月30日と6月1日、夜寝ていて足の太ももがつった。30日は右太もも、1日は左太もも。それで痛くて目が覚めてマッサージしている間に、もう眠れなくなった。
現在6月5日。いままで良くなったり悪くなったりを繰り返している。悪くなるのは、無理をするからだ。それに、福島原発事故以来精神的に参っていて、体の不調が精神をさらに落ち込ませたり、逆に精神の不調が重なって体調にまで響いたりと良くない。でもブログ記事としては、ひとまずここまでにしておこう。後は私個人の問題だから。

足の健康 失敗談 (3) [その他の病気]

私は考察した。いったい私の右ひざで何が起こっているのか。私の推測では、痛くなった左ひざをかばい続けた結果、右足の筋肉がギブアップしたのではないか。症状をよく観察すると、力を入れずにただ膝を曲げるのは難なくできる。ところが、何かを頑張らなくちゃと思い右足にぐっと力を入れると、とたんに力がゼロになってカクッとなる。たとえば階段を登らなきゃならないから力を入れなきゃ、とか、歩いていても今までの痛みを思い出してつい足をこわばらせるとカクッとなる。

私はどうするべきか。まずパソコンの場所を移した。ぐずぐずしてはいられない。私はパソコンが使いたくなると何が何でも使ってしまう性格なのだ。中毒なのだ。ぐずぐずしていたらまたパソコンの前の床に膝を折り曲げて座ってしまう。パソコンを机の上へ持って行った。なんで初めからそこに持って行かなかったのかというと、その場所はもうひとつのパソコンの場所なのだ。だから今度はそっちのパソコンのディスプレイが追い出された。すべてがうまく行く方法を考えなければならない。

それから私が実行したこと。風呂で足をよく温める。鎮痛消炎剤は貼り薬から塗り薬に変更し、寝る前に膝だけでなく内腿、股関節にも塗る。足に余分な力を入れずに歩く。特に力を入れなくても人は立っている位はできる。それ以上の力を入れない。階段は、降りる時は歩いて降り、登る時はエレベーターを使う。今どき、東京電力が原発を失ったから、エレベーターの横に「お体の不自由な方以外は階段を利用してください」という貼り紙がしてあるが、私は膝が痛くて段を登れない。

仕事中でも可能な限り座ろうとしたが、それは無理だった。もともとが立ち仕事だ。デスクワーク等の座ってする仕事でない限りは、座っていて仕事なんか出来ない。だから一日の仕事が終わると膝が痛くなっている。家で温めたり薬を塗ったりして治すのが早いか、職場で立ち仕事をして痛くするのが早いか。何とかして痛くするよりも治すほうを多くしないと良くなってくれない。

パソコンの前に座るのは、正座はもちろん駄目。厳密には一日の生活の中で正座をしなきゃならない時はあるので、尻の下に固いクッションを敷いて膝への負担を軽くし、短時間で済ませる。イスに座るのも長時間は駄目だ。血行が悪くなり左ひざが痛くなる。足を冷やすのもいけない。これを書いている今は暑いのでつい短パンを穿いてしまうのだが、基本的に長ズボンを穿くべきだ。

5月23日、帰宅時は電車のシートに座って左ひざの鈍痛に苦しめられたが、それも最後には収まった。この日は薬を塗るのをやめて、そのかわりに風呂上がりにすぐにズボンを穿いて足を冷やさないようにした。薬を塗ってしまうと、すぐにズボンを穿けない。せっかく塗った薬が足に浸透する前にズボンに拭き取られてしまう気がするから。それでしばらく素足でいると、その間に足が冷えてしまう。これは良くないかもしれない。あと、薬を塗りまくることによるかぶれも気になったから。

5月24日、昨日までよりも少しだけ調子がいい。年をとると治りが遅いが、そんな中である日、昨日より少しだけ良くなったなと感じる日が来るものだ。昨日までは仕事帰りの最悪の状態では階段を登るのが不可能だったが、今日は試しに慎重に足を動かしたら階段を登れた。健康な時には周囲の目からエレベーターを使わずに階段を登りつつ、エレベーターでスーッと登る人に憧れたものだが、いざ自分の足が悪くなると、自分の足で階段を登れる人に憧れる。ふたたび足が良くなると、自分の足で階段を登れることが嬉しい。

まだ完治には遠い。とにかく様子を見よう。

足の健康 失敗談 (2) [その他の病気]

前回の続きで、私の足の事を書かせていただきたい。

ずっと痛かった股関節もほぼ痛くなくなり、歩き方も矯正をやめて好きな歩き方をするようになった。まだ完全ではないが、このぶんなら治るだろうと思えてきた。そんな時に新しいパソコンを買った。その経緯は少し前の記事に書いたが、とにかく私は親の部屋に新しいパソコンを置き、親の部屋から古いパソコンを自分の部屋へ持ってきた。でも私の部屋はそんなに広くない。パソコンを更に一台置くような場所はもう空いていなかった。それで仕方なく、部屋の隅のスペースにパソコンを置いた。このスペースはパソコン台よりもよほど低い収納ボックスが横置きしてあり、イスに座るとディスプレイが低すぎるので、私は部屋の床に座り込んでパソコンを打った。顔のすぐ横にはカーテンが来て、部屋の隅に顔を突っ込むようにしてパソコンを打つ姿は無茶なものだったに違いないが、他にどうすれば良いというのだろう。初めのうちは尻の下にクッションを敷いていたが、なぜか足が良くない感覚になったので、そのうちには正座してパソコンを打った。こうしてゴールデンウィークが過ぎた。仕事が始まり出勤すると、左ひざが痛くて歩くのが大変なことになっていた。風呂上がりには症状が消えるが、寝ようとして横になると左ひざが鈍痛に襲われた。翌朝の出勤時は症状は軽く、その後仕事で立ちっぱなしとなり、帰宅途中の症状はひどいものだった。これを毎日繰り返した。私は湿布薬を膝に貼って寝た。その甲斐あって左ひざの痛みは、歩いている時も、夜の鈍痛も、和らいできた。ところがある日、今度は右ひざが妙なことになった。職場からの帰宅途中、突然、右ひざが私の意思に関係なくカクッと折れた。力が入らなかった。家に帰ってからは右の股関節が、私の意思に関係なく痛みと共にカクッとなった。階段は、降りることはできるが、右足に力を入れて登ることができない。これはカクッではなく痛いからだ。歩いている途中に突然片足が自分の意思に反して動かなくなって立ち止まらなければならないのは、不安なことだ。これが、2011年5月18日までの症状だ。この続きは、書こうと思っているが、少し様子を見てから書こう。だから数日ないし数週間後になる。

足の健康 失敗談 (1) [その他の病気]

これから数回に分けて、私が自分の足の健康について失敗したことを書きたい。

事の起こりは去年、つまり2010年の10月頃だった。それまでの私は自分の歩き方などどうでも良かった。ただ自然に、楽に動けるように動くのがいいと思っていた。たとえ他人が見て変だろうと自分が楽なのがいい、と。それがあるきっかけで、歩き方を矯正してみようと試みた。当時ブログに書こうと思っていた原稿がまだ残っているから載せておこう。


靴の裏見て我が足直せ

私は歩く時に体が左に傾く。ずっと両足の長さが少し違うせいだと思っていた。私の靴の裏は左足のほうが多く磨り減る。これも私は、短い左足に体重がかかるからだと思っていた。それ以上のことは考えずに仕方がないと思ってきた。ところで先日、新しい靴を買うために靴屋で色々な靴を履いてみた時、自分の古い靴をまじまじと見る機会があった。その時、左足の靴が多く磨り減っているだけでなく外側が極端に磨り減っているのが気になった。私はそういう歩き方をしていたんだな。左足の外側に体重をかけていたんだ。それなら歩く時に体が左に傾くだろうなあ。それからというもの、私は意識して左足の外側に体重をかけないようにして歩いている。まだ1週間くらいしか経っていないので結論は出せないが、暫くこのまま試してみようと思う。


ファイルの更新日を見ると、上の原稿を書いたのが2010年の11月2日らしい。それから私は毎日、左足の外側に体重をかけないように注意して歩いた。そうやって努力すれば、足が健康になり、歩き方も美しくなり、親から「歩き方が変だ」といちいち言われることもなくなり、そのことをブログの記事にもできる。私はそれが楽しみだった。

ところが少し経った頃、妙なことが起きた。歩くのが、歩きにくい。足を一歩前へ出すにも、何か引っかかるような不都合を感じる。でも私は、これは今までの悪い歩き方が矯正される過程のリハビリのようなものだと思っていた。そして引き続き、歩きにくいのをがまんして頑張った。体重は足の裏の外側でなくむしろ内側にかけ、つま先はまっすぐ前を向くように。

そうしたら股関節が痛くなってしまった。こうなると歩きにくいどころか歩けない。私は、とんだことになったと思った。でも何がいけなかったというのだ。変な体重のかけ方を直し、健康な歩き方にしようとしただけじゃないか。幸いなことにその時期は、職業柄学校の冬休みから春休みにかけてで、あまり出歩かなくても良かった。年をとると体の治りがとても遅くなり、まるで治らないかのようにいつまでも痛かったが、それでも呆れるほどの長い日にちをかけて少しずつ痛みは引いていった。

ある時、親と一緒に出歩いた。私は自分の変な歩き方を矯正し、もう親から「歩き方が変だ」といちいち言われることはないと胸を張っていた。股関節が痛くて歩けなくなるという災難に見舞われたが、それを越えて美しい歩き方になった自分を親に見てもらいたかった。すると私より後ろを歩いていた親が、私の歩き方を見て「変だ」と言った。これは私にとって相当ショックだった。そんなはずはない。私は美しい歩き方を手に入れたはずだ。そうでなかったら、痛くて歩けなくなる災難は一体何のためだったのだ。

親が言うには、私は足を出す時にいちいち体をひねっているらしい。左足が出る時は左半身が前に出て、右足が出る時は右半身が前に出る。これはつまり、長い間股関節が痛かったから、痛みへの恐怖が根付いていて、股関節に余計な動きを加えないように無意識に調整しているのだ。

親に「変だ」と言われた日の正確な日付は忘れてしまった。東日本大震災よりずっと前だったから、今年2011年の1月か2月だ。

私は元の歩き方に戻そうとした。変な矯正をしてしまったからこうなったのだ。何もせずに、たとえ他人から見ると左に傾きながら歩いていても、自分にとっては自然で歩きやすい形さえ保っていれば、何事もなく過ごしていられたのに。ところがそれができなかった。何か月も一生懸命矯正した結果、体がそれを覚えてしまった。昔のように体重を靴の外側にかけようとしても、どうやったらそうできるのか、もうわからない。

ここまでが、私の「足の健康 失敗談」第1期だ。この後、東日本大震災後に体験した第2期が続くが、今日はここまでにしよう。

男の痔 (2) [その他の病気]

前回の話には後日談がある。後日談とはいっても、今度は私の話ではない。私の身内が痔になった。肛門の出っぱりは戻らないらしく、痛いそうだ。そして肛門科で診察してもらったところ、自然には治らないと言われた。見張りいぼとか言うそうだ。そのまま生きていても構わないし、治そうと思うなら手術が必要だという話だった。身内は手術をすることにした。身内のこの事件は当然私の日常生活にも影響を及ぼし、そのついでに私は痔について人と話す事が何度かあった。ある親戚は、自分はどうやら痔ろうらしいと言う。なぜなら屁をすると、肛門でない所から屁が出ているから。だそうだ。でも別段痛くもなく、このまま人生を送るつもりだという。そうかと思えば、具合が悪くなって肛門科に行ったら緊急入院と言われて即手術した痔ろうの人もいるという。

最後の緊急入院の話は親戚の事でなく、身内が手術のために入院し、そこで知った話だ。私も身内から色々聞いた。病院にはもちろん男性患者もいたが、大学を出たての若い女性患者が沢山いたそうだ。年寄りは少なかったという。私の身内は、若い女性がたくさん痔の手術をしに来ている事に驚いていた。

おもに便秘の人はいぼ痔などになりやすく、下痢を日常的に繰り返す人は痔ろうになりやすいそうだ。若い女性の場合はきっと便秘だな。女性の便秘については今回に限らず色々と耳にするから。

痔に種類があるように、その手術にも複数の種類があるそうだ。いぼ痔の手術は術後1週間くらい退院できない。痔ろうの手術はなんと2、3日で退院してしまう。さっき話した緊急入院の人も、私の身内よりも後から来て、先に退院して行ったという。

いぼ痔の手術は簡単なものらしい。20分もあれば終わってしまう。大変なのはその後のリハビリだ。毎日何度も肛門を洗浄し、少し治ってきたら日に何度か短い散歩をし、退院後も肛門洗浄などを続けなければならない。買い物や座りっぱなしの仕事は暫く出来ない。ウンチについても書かねばならない。いぼ痔の人は治るまで固いウンチを出してはならないので、強力下剤で軟便を出す。市販の下剤の数倍の効果をもつ、どんな便秘症の人でも必ずトイレに行く超強力下剤も使う。痔ろうの人は逆に固形のウンチを出さなければならない。

あと、(これは病院によって事情が違うかもしれないが、)身内が入院したら、家族の者は患者の身の回りの生活必需品が切れないか気にしてやるといい。食事は病院から出るが、飲み水を切らすと辛い。リハビリ中の患者はまったく歩けないわけではないが、買い物に出て重い物を持って帰るのは無理だ。患者と電話などで連絡を取り、必要に応じてペットボトル入りの水を買って届ける。患者さんの中には、空のペットボトルに病院の水道水を汲んで飲んでいる人もいる。入院が長引けば、寝巻きや下着の替えが欲しいこともある。

男の痔 (1) [その他の病気]

今回は痔について話そう。話は意外なほど昔に遡る。しかも内容も意外な話になる。

今の大学生がどういう生活をしているかは知らないが、私の大学生時代には、男はサークル活動で遅くなってそのまま飲み会へ突入し、さらに遅くなって最後には先輩の家に上がり込んで雑魚寝して一晩過ごすなんて事があった。当然のごとく夜遅くまで起きていて、料理の得意な後輩が炊事場でちょっとしたものを作ってきたりした。先輩は無修正の、いわゆる裏ビデオというのをどこからか取り出してきて後輩に見せたりした。今となっては思い出というにも古すぎて、ほとんど忘れている記憶だ。

さて、そんな忘れかけた記憶の中で、私は妙なものを見た。裏ビデオというやつの1シーンだ。知っている人ならわかるだろうが、この手のビデオは結合部を撮影しようとして色々なアングルから撮影を試みる。その中には後ろからというアングルもあるので、この場合見たくもない菊座つまり肛門が丸見えだ。そこで私は今でも覚えている不思議なものを見た。ふつう肛門というのは穴だ。ところがその肛門は、穴でなかった。肛門の真ん中に何かある。穴の真ん中に肉があったら、クソはいったいどこから出るんだ? 私は素朴にそう思いつつ、どうにも不可解だった。

この疑問の答が見つかったのは、それから何十年も後のことだった。しかもショッキングなことに、自分の体験として答が見つかった。当時の私は今と同じくパソコンを打つ時間が長かった。ずっと同じ姿勢で座っていた。しかも私は酒をたくさん飲んだ。加えて私はトイレで何も考えずにりきんだ。(肛門科のHPでは「りきむ」でなく「いきむ」となっていることが多いが、どっちでも意味は同じだ。)そうしたらある日、自分の肛門が変だ。何かプクッと出ている。ぶったまげた。

触った感じでは、どうやらプクッと出ているものが肛門を占領している。ということは、あの、はるか昔の裏ビデオはこれだったのか。しかし私は納得している余裕がなかった。私はある恐ろしい言葉を聞いたことがある。人工肛門。それがどんなものかも、どんな場合に使われるものかも知らないが、私を恐怖させるには十分だった。よりによって昔のとんでもない事件まで思い出した。ある病院で患者を間違え、健康な人に人工肛門を付けてしまったという大事件だ。そういう様々な記憶が私の恐怖を呼び、私はびくびくしながらインターネットで痔の検索をした。

色々検索するうちに、とても丁寧に解説しているHPが見つかった。今となってはそのHPを忘れてしまったので、ここで紹介できないのが残念だ。私の症状はどうやらいぼ痔らしい。初期のいぼ痔は薬で治ると書いてあった。しかし末期のいぼ痔は手術しなければならないらしい。人工肛門はいぼ痔とは関係ないらしい。私は座薬を買ってきて、確か2週間くらい使い続けた。それくらいの期間は必要だったが、少しずつ出っぱりが引っ込むようになり、ある日肛門の出っぱりはなくなった。それ以来、私はトイレでりきむのをやめた。パソコンの前に長く座るのと酒は、なかなかやめられないでいる。

話が長くなったので、後半はまた別の日に書こう。

ちなみに今回のタイトルが「男の痔」になっているのは、冒頭で裏ビデオの話が出るからだ。痔の女性も多くいるので、そういう人がこのページを見に来て突然裏ビデオの話になって気を悪くしないためにだ。
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