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第四の生き甲斐を探します126 [手記さまざま5]

私はネガをデジタル化するのに業者に頼むか機器を買うかで迷ったが、今では、機器を買って良かったと思っている。

もちろんこれは、万人に当てはまることではない。だから、私は何が良かったかを書いて、読んだ人が自分に当てはまるか否かを判断できるようにする。

私が機器を買って良かったと思う最大の理由は、業者ならば間違いなくデジタル化しない「捨て撮り」のコマも救えるからだ。

この「捨て撮り」という言葉は私の造語だ。一般に何と呼ばれているか知らないので、仮にこう呼んでいる。

大昔のあまり高価でないカメラは、フィルムをセットして蓋を閉めた後、自動ではフィルムが巻かれず、手動で1枚目の位置までフィルムを巻いた。カメラの仕組みとして、シャッターを切る度に一定量のフィルムを巻くことができるので、シャッターを切ってはフィルムを巻くという動作を、カメラの表示が1になるまで繰り返した。その時にネガの1より前の場所に感光する映像は、カメラのフィルムを入れた場所のどうでもいい映像だ。そう、当時はどうでもよかった。しかし今は違う。

今はもう見ることのできない昔の自宅の天井や家具が写っていることがある。昔は当たり前に住んでいた家や、当たり前に見ていた家具も、時の流れと共に移り変わり、気がつけば写真を撮ることもなく失い二度と見られない。

そう思っていたものが、断片ではあるが、そしてカメラをちゃんと構えてシャッターを切ったのでないから45度くらい傾いて写っているが、まるでタイムマシンのように目の前に現れる。

私はネガをデジタル化しつつ、そういう「捨て撮り」に出会うと、「収穫」と称してメモする。昔ネガを同時プリントに出しても、そういう「捨て撮り」は不要とみなされてプリントされなかった。だからアルバムを探しても写真はない。今、業者にネガのデジタル化を頼んでも、1より前の斜めに傾いて半分写っているコマは画像化しないだろう。機器を買って自分でデジタル化をする場合だけ、その懐かしい「捨て撮り」を救える。