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家のペンキ塗りをした [ここは地獄の3丁目]

ペンキ塗りをする気はなかったし、したくもなかった。私は今年の始めごろに風呂のすのこと四畳半の畳の上敷きを買って、それを以て自分の家を今まで放っておいた埋め合わせとするつもりだった。転居する前に、自分の生まれ育った家に何かしてやりたかったというわけだ。でも転居の前なのだから、ずっとこだわるのも間違っている。すのこと上敷きで、今の家にしてやることは終わりのはずだった。

ところがひと月くらい前、外出から帰った時のことだ。私の家には鉄製の外階段が付いている。この外階段を登るのが年老いた親にとって辛いというのが、親が転居を急ぐ理由なのだが、とにかくその外階段を私は登った。すると、所々錆びてペンキが浮いて剥がれ落ちていた。ペンキが剥げて間もないらしく、剥げ跡はまだ錆びていなかった。一ヶ月もすればそこが赤錆だらけになることを私は知っている。さらに何年も経つと、そこから赤錆が鉄の内部へ侵食してゆき、脆くなる。長年放置して錆びた鉄階段は危険で、人が踏み抜いて怪我をすることがある。だからそうなる前、早いうちに、錆びて浮いた部分をこそぎ落とし、ペンキを塗り直さなければいけない。私が子供の頃は親がペンキを塗っていた。私が成人してからは私が塗った。私が腰痛で苦しむようになってからは、仕方なく金を出して職人に塗ってもらった。

さて今また階段が錆びてきた。どうするか。職人に払う金はもうない。塗るなら自分で塗る。今年に入ってとくに腰痛がひどかった。今までになく長引いた。今は小康状態だが、私に塗れるのか? でも畳の上敷きの時も、四苦八苦しながらもとにかくタンスを動かして敷けたではないか。ペンキ塗りも、やり始めたら道が開けるのではないか。ただし寒い冬が来たら要注意だ。寒さで筋肉が収縮して腰痛になりやすい。そう考えたのが、ひと月くらい前だった。

そのままひと月が過ぎた。行動を起こせなかったのは、お隣さんのことを考えて憂鬱だったからでもある。うちの外階段はお隣さんの車の近くにある。以前に職人が階段を塗り始めた時、お隣さんが出てきて、車にペンキが飛んだらどうする、飛ばないように覆いをしてくれと言った。親が塗る時も、お隣さんにひとこと言っていたようだ。ペンキを塗る日にはお隣さんの車がなかった。だから私もお隣さんの車のことを考えてペンキ塗りをするべきだ。

昨日、私が外から帰宅した時、階段を登りながら例のペンキが剥げた所を見た。錆が出始めていた。それに、天気予報によると今週末からぐっと寒くなるらしい。塗るなら今しかないが、私は今までぐずぐずして、まだ刷毛を買っていなかった。仕方ないので出来ることだけをしようと思った。

ペンキ缶と薄め液は、何年も前に買っておいたらしい物を倉庫で発見していた。ペンキ缶を振ってみると液体の音がするので中身は乾燥していないが、蓋が固くて開かなかった。そこで今日は蓋をこじ開けて中身の確認をすることにした。私は倉庫へ行き、ペンキ缶を取り出し、ついでにその奥にあるビニル袋の中身も点検した。するとなんと、大きくて立派な刷毛が入っているではないか。私はお隣さんの敷地を見た。今日は車がない。塗るなら今しかない!

こうして突然にペンキ塗りが決まった。

私は2日かけて塗ろうと思った。まず今日は錆びてペンキの浮いた部分をこそぎ落とし、そこだけ塗る。そして後日、階段全体を塗る。こうすれば、大事な所は二度塗りになる。

私が大事な部分を塗り終え、ついでに他の所も塗っていた時、偶然にお隣さんが通りかかった。私は、若い頃に車があるのにペンキを塗った時のことを詫び、今たまたま倉庫で刷毛を見つけ、たまたまお隣さんのお車がないので、塗るなら今日だと思ったという次第を述べた。

さあ、お隣さんに今日塗りますと言ってしまったら今日塗り終わらなければならない。人間、必死になれば体は動くものらしい。腰痛が恐ろしい私だが、普段恐くて決して曲げない角度に腰を曲げ、車が戻ってくるより前に必死で塗った。

すると親が来て、今日は荷物が届く日だと言った。しまった!それを忘れていた。階段はペンキ塗りたてで登れない!

何人もの人に迷惑をかけつつ、四苦八苦しながらも私はペンキを塗り終えた。塗る前、ペンキのそばには手袋もあったのに、私は焦っていたから手袋なんてなくてもいいと思って素手で刷毛を持った。その結果、私の両手はペンキだらけとなり、家に入りたくてもドアノブに触れない。電話したくてもスマホに触れない。後から薄め液で手を拭いたら、まるで魔法のように、あの落ちないペンキがさらりと落ちた。そして塗り終えた今、私は両足がかわりばんこにつる状態に苦しみ、私の体で階段のペンキ塗りを数時間で終わらせるのは無理だったと実感しつつ、横になってスマホでこの記事を書いている。

私は今回ペンキ塗りの初歩的なことを確認した。ペンキは垂れるものだ、飛ぶものだ。新聞紙で防げ。手袋をしろ。ペンキが付いて構わない服装で塗れ。手にペンキが付いたら薄め液で拭け。その後はすぐにハンドクリームでケアしろ。
次はもっと上手く塗れると思うが、次はない。今回が最後のペンキ塗りだろう。転居先の団地では、修繕費を積み立てて職人にやらせるので、自分で家の外壁を塗ることはないから。