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夢十夜 第三夜 酒と嵐と黄泉の国からの誘い [手記さまざま]

夢十夜 第三夜 酒と嵐と黄泉の国からの誘い

人生に暇があると、人間はろくなことをしない。いや、それは私だけの事情かもしれないが。

ビール類が9月から値上がりすると聞き、買い置きのために代用ビール(本物のビールは高すぎる)を箱でまとめ買いした。それは果たして良かったのか悪かったのか。家にあるとつい飲んでしまう。仕事があれば疲れて帰宅した日は酒どころではなく寝てしまうから、飲む日はそんなに多くない。しかし今は仕事がない。初めは2日に1回。それだって多い。依存症だ。それがここ数日は恐ろしいことに毎日飲んだ。なぜこんなことになったのだろう。巷で言うには、金持ちほど金をケチる。貧乏人ほど金を使いたがる。逆説的だが、私はやっぱり貧乏人ということなのか。

そのうちに、体に異変が起きた。耳たぶにひび割れが生じて体液が染み出し、唇の奥には口内炎の出来始めみたいなものが現れた。私自身とっくに飲みすぎが怖かったので、この日は飲むのをやめた。

飲まなければ体調も整うだろう。そう考えると気分もいい。気分が良かったので、その日の夕食は珍しくたらふく食べた。それがいけなかった。腹を壊した。皮肉な話だ。酒をやめた途端に腹を壊すとは。そういえば以前に「メタボ奮戦記」で書いたが、この前腹を壊して熱を出したのも酒がらみだった。

正露丸糖衣を服用し、暫くすると痛みは引いた。寝苦しかったが、無理矢理寝た。その日は関東に大雨が降った日で、夜にも降るかもしれなかったが、寝苦しさのあまり窓を開けて寝た。夜中に雨音で目が覚めた。急いで窓を閉めたが、それから雨は強く降り続いたようだ。私はいつの間にか眠っていた。

それは、どこかの殺風景な部屋だった。4畳半の畳敷きらしい。近くにとても大柄の男があぐらをかいている。豪快にガハハと笑うタイプだが、顔立ちがものすごい。直感的に、これは鬼だと知った。この男には娘が一人いる。私の世話をしてくれるらしい。若い娘だが、本物の少女の顔だった記憶がない。つまり、ほっぺたのあばたとか、そういう生々しい記憶がない。ひょっとしたら漫画絵だったかもしれない。男が立ち去り、娘のほうは朝飯を持ってきた。簡単に食べられるものだった。サンドイッチかもしれない。私は、ここが黄泉の国へ行くための一時休憩所だということが何となくわかった。この食べ物は「あちらの」物で、これを食べたら黄泉の国の住人になってしまうというのが定説だと、何となく思えた。私は死にたくなかった。でもなぜか私はそのサンドイッチを食べた。お世辞でなく、美味しかった。鎌をかける意味も含めて、私は娘に話しかけた。「このサンドイッチ、美味しいですね。」すると娘は、すまなそうな顔をした。やはり、これは「あちらの」食べ物だ。そのうちに男が帰ってきた。外で何かあって、片足をくじいたらしい。私は「しめた」と思った。男が走れない今なら、逃げられるかもしれない。私は男を安心させ気をそらすために言った。「ここの朝食はおいしいですね。」すると男は、とても気をよくした。私が「あちらの」食べ物を食べたと知って安心したのかもしれない。「そうかそうか、うまいか。」と言いながら豪快にガハハと笑い続けた。今だ!と私は立ち上がり逃げ出した。部屋を出ると、そこは小さな病院らしい。でも人っ子一人いないし、暗い。通路を走りながら、娘にさよならを言えなかったことが頭をよぎったが、立ち止まる気も振り返る気もなかった。ただひとつの目的のために動いていればうまく行ったのに、他のこともやろうとするから失敗する。日本の神話で振り返るなと言われたのに振り返ったナントカのミコトも然り。怨恨で人をブッ殺したなら大願成就で自分からお縄につけばいいのに欲を出して逃げようとする探偵小説の犯人も然り。みな同じだ。ここは娘のことを完全に切り捨てて、自分が死から免れることに専念しなければいけない。私は全速力で走った。後ろからは男の豪快な笑い声が聞こえる。捕まえられるかと恐れたが、追いつく気配はない。やがて玄関のドアまで来た。左右に開くガラス戸だ。話がこういう展開になると、ドアが開かなくて追い詰められるのが定番だ。数ある怖い話はみなそうだ。私はガラス戸の片方に手をかけて力いっぱい引いた。なんとガラス戸は開いた。私は逃げた。玄関は二重のドアになっていた。今度のガラス戸も手をかけて力いっぱい引いた。またガラス戸は開いた。私は病院の外へ走り出た。朝だとばかり思っていたのに、外は夜でひどく雨が降っていた。私はどんどん走って病院から遠ざかった。もう男の笑い声も聞こえない。足がちゃんと動く。不思議なほどうまく逃げられる。夢の中の逃避は、足が動かずに苦しむのが定番なのだが。私はどうやらこれが夢だとうすうす気づいているらしい。ここで目が覚めた。

朝になっていた。外はひどい雨だった。夕べの腹痛と、寝ている間の大雨が、あんな夢を見せたのかもしれない。この夢はそんなにリアルではなかったが、なぜか気になった。自分が死にそうになる夢だ。私は本当に男(鬼)から逃げおおせたのだろうか。目が覚めたからといって、油断してはいけないのではないか。なにしろ、私は「あちらの」食べ物を食べたのだから。少し怖くなって、今回の夢は記録せずに忘れてしまうことにした。

それから時間が経ち、今は午後の1時半だ。こんな時間になっても、あの夢は私の頭から消えない。少し考えた末に、やっぱり書き記しておくことにした。そうそう、耳たぶのひび割れと口内炎の出来始めは、酒を飲まずに一晩寝たおかげで治り始めている。ただそのかわりに、今日は体がだるい。やる気が出ない。体内に「あちらの」サンドイッチの毒だか、代用ビールの飲みすぎで肝機能低下から生じた毒だか、あるいは昨日食べた「中国産」スイートコーン缶詰の毒だかが残っているのかもしれない。
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