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第四の生き甲斐を探します225 今年一年(後編) [手記さまざま6]

(記事の後編)

去年、転居で生まれ育った家を失い、それに付随して思い出の品を失い、私はこれで失うものは全部失ったと思っていた。まさか仕事までこんなに早く失うとは思わなかった。ところが失うのはこれで終わりではなかった。

以前の記事に書いたが、本家の仏壇処分を分家にも負担させようという、金と自分のことしか頭に無い人間に苦しめられ、その話が再発した翌日に私は痛風発作を再発した。ストレスが痛風発作の一因になるという話を私は疑っていたが、今回はそれとしか思えない。ただし、私が失ったのは健康ではない。

痛風発作の直前、私は久しぶりに株価を調べた。コロナ禍の在宅ワークなど、皮肉にも私があまりに大変で何も出来ない時だけ上がった株価は、また低迷に戻っていた。いつかは売れるようにと指値をした。簡単には売れない値にしておき、毎日チェックすればよい。

そこに心配事が舞い込んだ。土地の権利者の殆どが、安いが買い取りの不動産屋でなく高いが仲介の不動産屋を推したので、家がいつ売れるかわからなくなった。譲渡税にはマイホーム特例があるが、これは家を出てから売れるまでの期間に制限がある。私の場合、もしも制限に引っ掛かってマイホーム特例が使えなくなっても、いつか損切りして売る予定の塩漬け株を売って損益通算すればよい。そのためには、今株を売ってはいけない。そう私は考え直した。

その時、私は通風発作を起こした。私は寝たきりとなり、次に色々なことを始めたのは10日後だった。私は株価を調べ、10日前には予測しなかった上がり方で株価が上がり売れていることを知った。そう、マイホーム特例が使えない時のために取っておこうとした株が売れてしまった。

それ以来、私は土地がいつになったら売れるのかと心配する日々を過ごした。

私の「失う」人生は続くが、失うものは少しずつ小さくなってゆく。まず、生まれ育った家。次に、老後の生き甲斐にしようと取っておいた思い出の品々。次に、仕事と収入。次に、マイホーム特例が駄目な時のために取っておこうとした株。次は、トランスクリプトの月極め音声時間。かなり小さな損失だ。

事の起こりは、ひとりの学生が出席を不正しているのが発覚したことだ。それに対処してから気になって他のクラスも調べたら、他のクラスでもひとり不正をしていた。私はこういうアウトロー連中が元から大嫌いだが、心が潰れている今は更に一層精神に響いた。やがて月始めとなり、私はその月のトランスクリプトを始めた。精神にきている時だからこそ、慎重に行動しようと思った。設定が日本語のままでは駄目だ。ちゃんといつも通りにドイツ語にしなければならない。二度確認した。それから、トランスクリプトに聞かせる音声を選んだ。月始めだから、先に長い音声を聞かせるのが良い。それで残った音声時間を使って後から短い音声を聞かせる。だから私は前回の続きでなく、第二候補である別フォルダの音声をアップロードした。トランスクリプト結果を見て私は気づいた。第二候補はドイツ語でなく英語だった。これで、長い音声時間が無駄に消費され、本来ならば映画3つ分の音声を聞かせられるはずが2つ分となった。

今年失ったものの共通点は、転居による直接の損失でなく、直接の損失により潰された私の心がミスをした結果の損失ということだ。

今年失ったものは、去年の損失ほど大きくない。仕事は、周りの教師と自分の違いに前から気付き、自分をだましだましやってきた。いつかはそれを終えたいと思っていた。それが予定よりも5年くらい早かっただけだ。株は初めから損切りするしかない株価になっていた。これも意図したよりも早く売れただけだ。

この「不運の連鎖」は、今後も小さくなりつつ、まだ少しの間続くだろう。私は来年の3月末までは自分の心が治るまいと推測したが、我ながら正確な推測をしたと思う。