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足の腫れ対応は私の急務(2) [痛風日記]

足footの腫れの具体的な諸症状を挙げる。腫れの度合いを3段階(最悪レベル・中間レベル・快復中レベル)に分け、当該の症状がどの度合いに相当するかも記す。

激痛が走る
これが私の知る最悪レベルの特有の症状だ。激痛のあまり歩けない。空港からバスまで、バスからタクシーまでは何としても移動しなければならなかったが、足を上げて歩くのは痛くて不可能、地面を引きずるしかない。靴を履くのは痛くて不可能、スリッパのように爪先だけ入れ、靴の踵は踏み潰して摺り足で移動した。足を動かす度に激痛が走り、それを緩和するために氷のような冷たさの2月のアスファルト道路に足を付けて感覚を麻痺させた。

膨れる
最悪レベルはもちろん、中間レベルでも特有の症状。自分が体験して、腫れるとは膨れることだと実感した。最悪レベルでは、人間のfootではない形状にまで膨れる。中間レベルでも患部を中心にあからさまに膨れた形状になる。この腫れが外見上無くなっても、まだ治ったわけではない。このように炎症を起こしている時は、風呂でよく温めると逆効果となりひどくなる。横になって安静にしているのが良いが、安楽椅子に座っている時は台を持ってきて足を上げる。

赤い
腫れているから赤いのだが、赤みが取れてもまだ腫れている。パンパンに膨れてしかも赤くなっている患部は、見るからに悪い状態で一刻も早く治したいと感じる。鎮痛消炎の貼り薬または塗り薬と飲み薬を併用し、しかも安静にしている。通常の腫れ方ならば、腫れが引くまでにおおよそ一週間かかる。最悪レベルからの回復ならばもっとかかる。

何かが当たると痛い
中間レベルの症状。何もしなければ痛くないが、不注意で足に何かが触れるとズキンとして驚く。靴下は履く時に痛いから履けない。あるいは、ブカブカの靴下を、痛いのを我慢して頑張って履く。

寝ていて無意識に親指が反り、激痛が走って飛び起きる
中間レベルの症状。布団が足を圧迫すると痛いので、寝る時の姿勢が制限されるが、寝る時の不自由はそれだけでない。私だけの癖かもしれないが、私は眠っていて無意識に足の親指を反らせるらしい。なにしろ寝ている間の出来事なので、この歳になるまで知らなかった。でも足を腫れさせて、夜中に激痛に飛び起きてわかった。眠っている間の事なので、意識して気を付ける事ができない。そこで私は、医療用テープで足の親指と他の指をひとまとめに巻き、親指が動かないようにした。これを毎晩寝る前に行い、朝起きたらテープを外した。逆に言えば、足の親指をテープで固定せずに眠って夜中に激痛に襲われなければ、腫れの度合いは軽い方だとわかる。

足の腫れの具体的な諸症状は、今思い出す限りでは以上だ。次に、中間レベルから快復中レベルへと治ってきた事がどうやってわかるかを挙げる。つまり、下記の状態が快復中レベルの状態という事になる。

足の親指が曲がるようになる
痛いから曲げられないとは限らず、腫れているから膨れた肉がつっかえて指が曲がらないという現実がある。これが、ある日試しに曲げてみて腫れていない方と同じくらいに曲がると、かなり良くなってきたなと実感できる。しかし、曲がっただけではまだ完治には遠い。

足の親指が痛みなく反る
先ほど書いた、眠っている間に無意識に足の親指が反るのが大丈夫になって、さらに腫れが引いて親指が曲がるようになっても、自分で意識して足の親指をいっぱいに反らせるのはまだ違和感を伴う。何かの拍子に、ある特定の角度で指が圧されるとまだ痛い。見た目の腫れは無くなっても、内部の炎症はまだ収まっていないということだ。これが、違和感なく反らせられるようにならなければいけない。

貼り薬を貼り忘れる
症状がひどい時は、薬を忘れるはずがない。だいぶ良くなってきた頃、完治まであとひと息という所で数日間改善が感じられない事がある。そういう時、貼り薬を貼り忘れるようになると、悪くないのかなと思う。体が痛みや違和感を感じず、それを脳が記憶していて安心するから薬を忘れるのだろう。

体が普通に動く
体というのはよく出来ていて、どこかが悪ければ無意識に悪い所をかばい、それが良くなればかばわなくなる。足の指が悪いと、指を反らせるような姿勢、相撲の蹲踞のような格好はどうにもしたくない。これが治ってくると、ある日抵抗なく蹲踞姿勢がとれるようになる。歩き方も、足が悪いとかばって変な歩き方になる。これがある日普通の歩き方になったら、治ってきたんだなと実感できる。しかしそれでも、まだ完治には遠い。内部の炎症はまだ収まっていない。普通に歩けるようになったと思っていたら、またぎこちなく歩いているのに気づく事がある。そういう時は、何らかの理由でまた幾分悪くなっているので気を付ける。

外を普通に歩ける
家の中を自由に歩けても安心してはいけない。屋内を歩くのと外を歩くのは体への負担がまるで違う。それは、病み上がりに外を歩いて実感した人が多いはずだ。外を歩いて、たとえば駅までとか、用事が済ませられるようになって、初めて完治と言える。